GORDON GOODWIN'S BIG PHAT BAND
2014.10.29[wed] Blue Note Tokyo
ジーコ伊勢
ウエストコースト最高峰のビッグバンド、ゴードン・グッドウィンが率いるビッグ・ファット・バンドの公演が10月29日、ブルーノート東京で行なわれた。ウェイン・バージェロン(tp)をはじめとするアメリカ西海岸音楽シーンのスター・プレイヤーが集結し、グッドウィンの華やかで緻密なアレンジによる楽曲を最高のアンサンブルとソロで展開。ビッグバンドの醍醐味とスリルをいかんなく発揮し、聴衆を魅了した。客席には、ビッグバンドに参加しているミュージシャンなのか、特に若い世代のファンが目に付いた。 バンド名に使われているPHATとは、スラングでexcellent、sexyという意味で、特に音楽の世界では、rich in texture(豊かな肌ざわり)、prominent(卓越した)を意味する形容詞でもある。これはまさにグッドウィン自身のビッグバンドへの自負の表れであり、彼が目指している音楽の方向性を象徴するネーミングといえそうだ。 グッドウィンは、東日本大震災で被災した子供たちのためのチャリティー・アルバムについての2011年9月のインタヴューで、「冷戦真最中にルイ・アームストロングが親善大使としてソ連で演奏するという話があったんだ。素晴らしいじゃないか。政治や思想の違いなんて音楽を楽しむのに関係ないからね。」と応え、さらに「私はサックスとピアノを演奏する。ジャズやクラシックも作曲し、オーケストラの指揮もする。音楽なんて気ままなものだよ。とにかく楽しいんだからね。でも誰かの心に響くと思うと謙虚な気持になる。グラミー賞をもらうより嬉しいことなんだ。」と話していた。 ハリウッドでの音楽づくりは制約があり自分の好きにはできないが、ビッグバンドは以前からやりたかったことであり、一度始めたら止められない。金儲けのためでなく、自分の音楽をつくる、それがビッグ・ファット・バンドなんだと。心から音楽を愛するグッドウィンにとって、ビッグバンドの魅力は、到底名誉やお金に換えることのできないものだ。 今回のライブを体験して、彼の言葉の意味をより理解することができた。グッドウィンにとって音楽は終りがなく、常に進化し続けるものだ。今回もそうだが、演目は最新アルバムからのものが殆どである。4ビートからラテン、ファンク、クラシックまであらゆるジャンルの垣根を越えてわがものにし、最高のテクニックを持った凄腕集団を取りまとめる。彼の緻密なアレンジと、それに応える一糸乱れぬ演奏家との〈幸せな戦い〉が今後も続いていくことだろう。 ステージでは、力強く華やかな空間が立ち上がり、テクニックばかりでない、エンターテイメント性を兼ね備えたパフォーマンスで幅広いレパートリーを聴かせてくれた。グッドウィンはさらに語る。 「私達の音楽を聞いてくれれば絶対にわかると思う。人々は私達のメーセージを音楽から読み取ってくれるだろう。」 この日の1stステージで演奏された曲とその内容を紹介する。最新アルバム「LIFE IN THE BUBBLE」からは5曲(下記の1、2、4、6、7)演奏された。 1. WHY WE CAN'T HAVE NICE THINGS: 4ビートのベースのリフから始まり、トロンボーンのアンディー・マーティンとアルト・サックスのケヴィン・ギャレンの縦横無尽なソロと、スピーディー且つ自在に変化するアンサンブルの妙。 2. LIFE IN THE BUBBLE: 最新アルバムのタイトル曲。グッドウィンのエレピとギターのイントロに呼応しながらドラムがスタート。ファンキーでアヴァンギャルドな楽曲だ。ブライアン・スキャンロンのテナー・サックス・ソロが厚く響き、他の管が鋭くからむ。特に若いリスナーやミュージシャンにとっては刺激的なナンバーだろう。 3. RHAPSODY IN BLUE: ジョージ・ガーシュウィンの名曲のカヴァー。リズムの多様な変化とハーモニーの華麗な構成。グッドウィンの解釈によって表情豊かな物語の展開を見せる。多くのオケやビッグバンドがチャレンジする中でも、彼のアレンジャーとしての才気あふれる目玉曲。 4. GARAJE GATO: 「ガラヘ・ガート」はスペイン語で、Garage Catという意味で、グッドウィンが飼っている21歳の猫を題材にしたもの。パーカッションとドラムが躍動するラテンのリズム。アルパ奏者、ウーゴ・ブランコのヒット曲「コーヒー・ルンバ」を想起させる。グッドウィンのテナー・サックス、ジェイ・メイソンのバリトン・サックス、サル・ロサーノのフルートが粋な楽曲に花を咲かせる。 5. THE QUIET CORNER: 2003年のアルバム「Xxl」からの1曲。タイトル通り静かなスタート。3本のフルートが織りなす前半は、優雅でおだやかな湖の情景を想像させる。スキャンロンのサッックス・ソロが伸びやかで心地よい。 6. YEARS OF THERAPY: ピッコロ・トランペットでの物語の幕開けを象徴する表情豊かなテーマが印象的。夢の扉を開ける様な何とも不思議な感覚を呼び起こす、クラシックと融合した楽曲。途中から4ビートにかわって大きく展開し、バージェロンが通常のトラッンペットに持ち替え、超絶技巧を披露。特に高音域の輝きと力強さは聴衆を驚かせ、魅了した。 7. SYNOLICKS: アンドリュー・シノヴィッツがギブソンのレスポール・ギターを使ってシャッフル・ブルースを弾きまくる。伸びやかなブルースと変化に富んだジャズのフレーズがミックスされた迫力ある演奏を管楽器と絡み合いながら聴かせてくれた。 8. RACE TO THE BRIDGE: 4ビートのピアノにのせて、管ごとに展開するスピード感あふれる演奏。スキャンロンのソロ、バーニー・ドレセルのシャープで無駄のないドラム、マーティンの流麗で滑らかなトロンボーンのソロなど聴かせどころ満載の楽曲。 EC. THE JAZZ POLICE: アルバム「Xxl」から。ギターの低音の重いリフにのせた、ブラス・ロック的でスリリングなスパイ映画のテーマソングのようだ。パーカッションのジョーイ・デレオンが途中、上着を投げ捨てるほどの激しいパフォーマンスを見せ、ドレセルは繊細且つ大胆なドラミングを展開し、聴衆を湧かせた。 GORDON GOODWIN'S BIG PHAT BAND Gordon Goodwin(band leader,p,sax) Andrew Synowiec(g) Rick Shaw(b) Bernie Dresel(ds) Joey DeLeon(per) Jeff Driskill、Sal Lozano、Brian Scanlon、Kevin Garren、Jay Mason(sax) Wayne Bergeron、Matthew Fronke、Chad Willis、Willie Murillo(tp) Ryan Dragon、Charlie Morillas、Andy Martin、Craig Gosnell(tb)
ゴードン・グッドウィン Gordon Goodwin 1955年、米国カンザス州ウィタチ生まれ。幼い頃からピアノを習い、5歳で初めて曲を書いた。10代半ばでカウント・ベイシーの音楽に感銘を受け、ジャズの作曲とサックスを始める。カリフォルニア州立大学ノースリッジ校で音楽を学ぶ。卒業後の’70年代末からルイ・ベルソン・ビッグ・バンドとグラント・ガイスマンのグループに籍を置き、西海岸を拠点にスタジオ・ミュージシャンとして活躍。2000年にBig Phat Bandを結成。01年のアルバム『Swingin' for the Fences』がグラミー候補に上がることで人気に火が付いた。テレビ業界のグラミー賞と呼ばれるエミー賞3回受賞、グラミー賞は9回ノミネートされ、2度の受賞。作編曲者、ピアニスト、サックス奏者、コンダクターでもあり、ディズニー・テーマ・パークの音楽なども手掛けるなどのマルチ・アーティストとして活躍中。次世代を担う後進の指導に熱心な教育者としても知られる。 ジーコ伊勢:(伊勢功治[いせ・こうじ]) 富山県生まれ。グラフィク・デザイナー、桑沢デザイン研究所非常勤講師。2013年、「マリオ・ジャコメッリ写真展」(東京都写真美術館)デザイン担当。著書に写真評論集『写真の孤独』(青弓社)、詩画集『天空の結晶』(思潮社)。『北方の詩人 高島高』近刊予定。
Photo by Yuka Yamaji
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