YOSUKE YAMASHITA SPECIAL BIG BAND CONCERT 2014
2014.7.17[thu] Bunkamura ORCHARD HALL
ジーコ伊勢
初めて山下洋輔スペシャル・ビッグバンドの公演を体験することができた。 クラシックのスタンダードである、ムゾルグスキー『展覧会の絵』とドヴォルザーク『新世界』をジャズバンドが演奏するというだけでも、期待に胸が膨らむのだが、果たしてどういったアレンジで、どんな演奏が繰り広げられるのか、想像するだけでも楽しい。 実際の演奏では、それぞれの名曲のエッセンスを取り込みながら、それを演奏の核とし、テーマとしながら展開する。ところが、途中のインプロヴィゼーションで、時にそれがいさぎよく、跡かたなきまで崩される。永遠に完成することのない建造物を見るような脱臼感と、心地よさがあった。 ビッグバンドの演奏を観、そして聴いていたつもりが、フロントに立ったプレイヤーによって、突然、フリージャズのカルテットに変身する。一瞬のうちに目の前の視界が変幻する演劇の舞台を体験しているような錯覚をおぼえ、緊張とそれに続く解放感、浮遊感のようなものが会場全体を包む。 こうしたソロを演奏するプレイヤーの演奏を目の当たりにしながら、彼らにとって、原点として、あるいは精神の核としてビッグバンドという存在があるのではないか、と勝手に想像した。 ビッグバンド〈Big Band〉は、まさにビッグバン〈Big Bang〉。衝撃ののちに大きな固まりとなり、また一部がソロとして弾け出し、といった繰り返しの中に宇宙の星の生成と似たようなダイナミズムを感じるのだ。 ビッグバンドの演奏といっても決して、全体に個を合わせていくといったいわば、単にバランス優先の演奏ではなく、個の演奏家のツヤのある音がそれぞれ屹立しながら、集合し、全体として有機的な響きを構成するといった印象を受けた。それが全体の音の立体感を作り、うねりとなって躍動し、聴く側の胸に直接飛び込み、「ジャズ」を響かせる。 ちょうどブラジルでのワールドカップが興奮の内に終了したばかり。まるで、個性的な高い能力を持ったプレイヤーが集まり、自由にプレイをしているようでありながら、チーム全体としての意識を共有しつつ、有機的に動いて全員でゴールを目指す、そういった理想的なチームを思い浮かべた。山下洋輔がゲームメーカーとしての選手兼任監督であり、編曲・指揮を担当した松本治が基本となる戦術・システムを支えるチームといえるかもしれない。 サーカー同様、それぞれが凄腕のプレーヤーであるが故に、個々のアドリブ(何故か「ドリブルdribble」と語感が似ている)をも理解し、反応し、受け入れる。さらに仲間から出された絶妙なボールをトラップし、自分らしさを活かしたプレイをし、且つ仲間に最高のボールをパスする。まさにジャズの醍醐味を感じさせた。それは、プレーヤーにとっての喜びというだけではなく、観客をも湧かせる表現となる。まさにジャズのワールドカップなのだ。 ただ、サッカーとの大きな違いは、ジャズの場合はプレーヤーの寿命がはるかに長いということ。経験を重ね、技術を磨き、視野を広め、サウンドそしてグループ間の理解を深めることができる。 サッカーのほうの日本代表は期待に反して残念な結果に終ったが、日本のビッグバンドは大きな可能性と実力を秘めていることを実感させられた夕べであった。 山下洋輔スペシャル・ビッグバンド Yosuke Yamashita (Piano) Hiroaki Mizutani (Bass)、Shinnosuke Takahashi (Drums) Eric Miyashiro、Shiro Sasaki、 Mitsukuni Kohata、Ryuichi Takase(Trumpet) Osamu Matsumoto(Conduct)、Eijiro Nakagawa、 Yuzo Kataoka、Junko Yamashiro(Trombone) Atsushi Ikeda、Yuya Yoneda、 Tetsuro Kawashima、Masakuni Takeno、Osamu Koike(Saxophone)
[演奏曲目]
○組曲「展覧会の絵」(作曲:モデスト・ムソルグスキー / 編曲:松本 治)
○交響曲第9番「新世界より」(作曲:アントニン・ドヴォルザーク / 編曲:松本 治)
別名:伊勢功治[いせ・こうじ] 富山県生まれ。グラフィク・デザイナー、桑沢デザイン研究所非常勤講師。2013年、「マリオ・ジャコメッリ写真展」(東京都写真美術館)デザイン担当。著書に写真評論集『写真の孤独』(青弓社)、詩画集『天空の結晶』(思潮社)。『北方の詩人 高島高』近刊予定。
©Eiji Kikuchi
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